1月16日(金)校長ブログ「Make it Kozy!」vol.431〜いよいよ明日!〜
校長室から廊下に出ると、さきほど4限に決起集会を終えて下校しようとする3年生3名が「パワーください!」と両掌をこちらに向けてハイタッチを求めてきた。コロナ禍で握手やハイタッチが簡単にできなくなり、一つのトラウマとなっているが、「ハイタッチ」はお互いのモチベーションを上げる方法としてとても有効だということで、世間のトラウマが消えれば毎朝全員とでもやりたいこと。加えて最近はセクハラの影もよぎり、それらすべてがそれこそ一瞬のうちに頭の中を駆け巡ったが、同時に、生徒の明日の共通テストのために何物にもすがりたい気持ちや少しでもパワーをつけたい気持ちも伝わってきたので、(能書きはさておき、)結果、こちらも自然と両手を上げて「よっしゃ!パワー!!!」と少ないパワーを絞り出した。生徒たちの満足げな表情を見て、「明日頑張れよ!」と声をかけると、「Make it Kozy!」と応えてくれた。去ってゆく3名の颯爽とした後ろ姿にまた嬉しくなった。
その後、校舎から出ると、他の3年性も下校中で、声をかけると、皆嬉しそうに気合の入った声で「はい、頑張ります!!!」と応えてくれた。ある天気予報によると、明日の最高気温は15°C°、降水確率10%、湿度 65%、風速: 3 m/s。数日前の寒波のようなことはなく、比較的穏やかな天気とのこと。お天道様も応援してくれている。ぜひ、受験する3年生も、浪人中の卒業生も、これまでの成果を100%発揮できるよう祈っている。Make it Kozy!頑張れ、頑張れ、頑張れ、高津生!
ペンの音 聞こえなくなりゃ 勝ちなのよ
1月15日(木)校長ブログ「Make it Kozy!」vol.430〜人権を考える〜
本日、2年生のHRは人権教育講演会。テーマは「多文化共生」、講師は世界的パフォーマー、ちゃんへん氏。1985 年京都ウトロ地区生まれの在日コリアン三世で、小学生の頃の壮絶ないじめを乗り越え、中学 2 年生でパフォーマーを志し、中学 3 年生でアメリカのパフォーマンスコンテストでアジア人初の金メダル受賞。その後も世界各地の大会で優勝し、多くの著名人の前でパフォーマンスを披露した経歴をもつパフォーマーだ。
前半はジャグリングやディアブロ(中国ゴマ)のパフォーマンスを披露してくださったが、残念ながら私は鑑賞できず、後半の生い立ちのお話から参加した。
朝鮮戦争中に来日した祖父が母国が南北に分断されたため、帰れなくなった「在日」となり、ちゃんへん氏は日本人のいない地区で生まれる。初めてテレビをみた時に日本語を聞いて「これがテレビの言葉か」と認識。個性的なお母さんの勧めで日本の小学校に入学し、小学校ではテレビの言葉(日本語)で話すのだと知る。
入学後、上級生に暴力等のいじめを受けるが、いじめた子供に豪快なお母さんが放った、「素敵な夢を持ってる子はいじめなんかせぇへん」という一言が心に刺さり、自分も夢を持とうと、偶然見た世界一のディアブロパフォーマーの映像を見て、パフォーマーをめざす。並々ならぬ努力により、前述の実績を残すのであるが、話のメインは別にある。
外国に行くためにはパスポートが必要で取得するためには国籍がいる。ちゃんへん氏はそこまで深く考えることなく「南」を選択するが、お母さんがお祖父さんに「この子が韓国籍となることを許してください!」と土下座してお願いする。お祖父さんは「アメリカとソビエトが行った分断を認めるのか!?」と激しく怒る。双方が涙を流しながら激しく言い合う姿に、母国の事情を深く理解するとともに、決意を固めたという。
自身の体験に基づく熱い語りに生徒たちも熱心に聴いていた。最後はラップ曲「根無し草」「Ghost Blues」の2曲を披露してくださった。自分の家族や生き方に誇りを持って生きている、それが十分に伝わった講演会であった。生徒たちも、いろいろ感ずるところがあったと思う。ちゃんへんさん、ありがとうございました。
『根無し草』 歌う彼の根 然と見ゆ

1月13日(火)校長ブログ「Make it Kozy!」vol.429〜冬の恒例〜
ちらと見えるグラウンドに生徒たちの走る姿が見える。冬の風物詩、体育の持久走。運動が苦手な生徒、いや球技や武道など、運動が得意な生徒でも持久走が嫌いな生徒、苦手な生徒は結構いる。
それでも「スタート!」の合図で一生懸命走り出す。何をするにも一定の体力が必要で、勉強も然り。集中力や継続力、忍耐力など、体力以外にも持久走で身に付く力はある。無理のない範囲でしっかり頑張ってほしい。一人で走るのがつらくとも皆と一緒に走ることで気持ちも前向きになれば良い。
さて、昨日は成人の日。この日祝は成人式が開催されたようだが、寒波到来で特に日曜は強烈な寒さだった。せっかくの晴れ着が…と心中察しながらも、逆に記憶には残るだろうなと他人事で申し訳ない。
当然、私にも二十歳の時期があって、大学生として充実した日々を送っていたが、「人間30歳の時に何をしているかが大切」との考えのもと、教員になって生徒たちと毎日熱く生きたいと思っていた。
その教員生活は、実際思い描いていた以上の素晴らしいものとなったが、それはやはり周りの方や生徒に恵まれていたからだと出会いに感謝している。
今二十歳の高津生たちは今何を思っているのか。今の生徒たちが二年後どのように変化しているのか。実に気になるところであり、楽しみである。
若い時の一年は誠に濃いもの。Make it Kozy!日々充実、高津生!
明日はまた 今日の自分を 越えるよう








